ごあいさつ

同窓会会長あいさつ

あの「松本サリン事件」を
知っていますか?

信州大学医学部保健学科同窓会会長

川上 由行

信州大学名誉教授/医学部委嘱講師

新規創設された「保健学科同窓会若手優秀論文賞」には、応募論文13編の中から受賞者4名が決定された。第一回授賞式をR5年度卒業/修了祝賀会に併せ挙行し、受賞者各位へ「表彰状」と「記念の盾」が授与された。そして、受賞者4名による「受賞報告会」を去る8月7日に地域保健推進センターに於いて対面とZoomによるハイブリッド開催し、その模様はホームページで暫くの間、録画での視聴を可能にした。今年度の応募が既に開始されています。奮ってご応募くださるようお願いします。「若手優秀論文賞」の受賞が、広く同窓生にとって目指したい“憧れのステータス”となっていくよう祈念するものです。

1994年6月27日深夜から28日未明にかけ悲劇が起きた。8名もの尊い命を奪い、591名を負傷させたあの日から30年が経った。信大の学生2名が命を落とし、内1名は、医学部医学科6年生だった。また、信大ICUに搬送された医療短大衛生技術学科3年生は、幸いにも退院し通院治療となった。彼女は附属病院中央検査部(中検・現臨床検査部)血液検査室で臨地実習の最中だった。当時の私は、中検の臨床検査技師長として彼女に関わってから、ずっと気に掛けていた。彼女は後遺症に悩み、勉学に集中できず、国家試験にも失敗した。私が医療短大に助教授として赴任する2年前のことだった。
事件の第一通報者の河野さんは、被害者にも関わらず、信濃毎日新聞を始め、全国の殆んどのニュースメディアは河野さんを容疑者と決めつけた報道を繰り返した。この加熱報道は、翌年の地下鉄サリン事件勃発まで半年以上も続いた。この間の河野さんご一家に対する言葉(電話)や活字による攻撃の酷さは想像を超えていた。河野さんには奥様澄子さんとお子様三人がいた。澄子さんと長女(高3)はICUに搬送され、長女は助かったが、意思疎通も出来なくなった澄子さんは14年もの療養の末に亡くなられた。

植物状態で物言わぬ澄子さん、その介護を懸命に続けながらも悩み苦しむ河野さん。そして、多感な思春期に事件に遭遇したお子様三人も、深い「心の傷」を負い、犯人扱いされる日々の中にいた。河野さんの次男と私の娘は同じ中学の同じクラスの同級生だった。澄子さんと私の家内はPTA活動を介してよく知っていた。娘は、「河野君が可哀そう!」と、よく言っていた。

医療短大が医学部保健学科への改組へ向け始動開始した頃、私は衛生公害研究所(衛公研・現環境保全研究所)の外部評価委員を拝命した。その最初の委員会終了後に、旧知の仲の村松部長(感染症部)と畑山所長が研究所内を案内してくれた。畑山所長は信大第一外科講師からの着任で、以前からよく知っていた。なお、畑山所長のご子息は短大理学療法学科学生で、奥様は、医療短大後援会会長で、当時総務委員長で後援会を統括する立場の私は、「医療短大後援会」を改組し、「保健学科同窓会」の新規設立を画策しており、折に触れ畑山所長の奥様とは丁寧な情報交換をしていた。畑山所長は、「原因毒物の正体サリンは、当研究所技師の〇〇〇君が、この高速エキクロ(HP-LC・高速液体クロマトグラフィー)で解析して同定した。」と誇らしげだった。標準物質のサリンが入手不能のなか、得られたマススペクトルだけのデータから、迅速に分析結果を公表した。事件発生数日後のことだった。そして、直ぐに全国放送のNHK報道番組で、信大某学部の某教授による「サリン生合成は簡単ではなく、原因毒物がサリンであることは疑わしい。」との見解が流れるなど、地方衛公研の一技師のデータと解析結果は、すんなり受け入れられず、懐疑的な報道に溢れていた。でも、程なく衛公研の技師の優秀さと同時に衛公研の実力が知れ渡ることになった。私が担任だった教え子(保健学科一期生)が、今その環境保全研究所で活躍していることを嬉しく思っている。

中村学長は、信大ホームページにサリン事件犠牲者への追悼文を掲載した。松本サリン事件から30年が経過し、私も当時を静かに想起してみた。

学科長あいさつ

命に大小があるか?

信州大学医学部保健学科同総会名誉会長

伊澤 淳

信州大学医学部保健学科長/
看護学専攻 成人・老年看護学領域 教授

信州大学医学部保健学科同窓会のホームページをご覧いただきありがとうございます。2023年4月1日より保健学科長・保健学科同窓会名誉会長を拝命した伊澤淳と申します。お陰様で任期の2年目を順調にスタートし、8月7日に第1回保健学科同窓会若手優秀論文賞の受賞者講演会を開催いたしました。一方、世界各地では戦争・紛争により絶え間なく命が失われており、強い危機感とともに解のない疑問、漠然とした不安が生じることは多くの皆様と一致する心象ではないでしょうか。

さて、「命に大小があるか?」と問われるならば、「ない」との回答が一般的であるはずです。私はどの1つの命もかけがえのない存在とのメッセージ「Every single life matters」を保健学科のホームページに掲げており、この実践を心がけています。ところが、この問いの答えは立場によって全く異なることを、保健学科・保健学科同窓会主催市民公開講演会(2024年6月29日開催)を通じて認識しました。講師は、宮城県石巻市立大川小学校に娘さんが通っていた佐藤敏郎さんでした。東日本大震災の日、地震の51分後に津波が大川小学校に到達して74名の児童と10名の教員の命が失われました。女川第一中学校で自宅に帰らずに勤務していた佐藤さんが、娘さんの悲劇を聞いた瞬間の衝撃が目の前にありました。佐藤さんは「小さな命の意味を考える会」の代表として、避難開始までの意思決定が遅れた問題に限らず、組織行動におけるリスク予測と対策、危機時のマネジメント、事後の検証と学び等の広い観点から、大きな命の伝承を継続されていました。論点は責任追及ではなく、また再発防止や災害対策を目指すことよりも遥かに、私たち一人ひとりが自分の日々に対してどのようにあるべきかを深く考えさせる内容でした。

この素晴らしい講演会に対して保健学科同窓会よりいただいた長年のご支援と、関係者各位のご尽力に感謝いたしますとともに敬意を表します。国立大学では教員数が削減される一方、競争原理が導入され成果指標が評価される厳しい時代です。この状況は私の危機感、解のない疑問と漠然とした不安を増幅させるのですが、教職員一同が力を合わせて「未来をひらく」(大川小学校の校歌です)ほかございません。

2024年8月、パリオリンピックでの日本人選手のめざましい活躍は、私たちに勇気と感動を与えました。科学技術や学術研究においても、日本が再び世界をリードするチャンスがあるはずです。最後になりますが、保健学科同窓会会員各位のご健勝とご自身の専門領域におけるご活躍を願いますとともに、国内外のリーダーとなる次世代の医療人の発展を期待し、引き続き皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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